アステカ・マヤ・インカ文明事典

アステカ・マヤ・インカ文明事典

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アステカ・マヤ・インカ文明事典

1521年アステカ王国、1532年インカ帝国、1697年マヤ王国滅亡。
スペイン人によって滅亡に追い込いまれた
アメリカ大陸の国々。失われた「黄金郷」の起源をたどり、
その文化をわかりやすく紹介します。

2007年4月25日水曜日 初版発行

エリザベス・バケダーノ 日本語版監修 川成 洋

定価2,625円(税込)

978-7515-2336-0

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アステカ・マヤ・インカ文明事典 - 目次 -

  • 1.アステカ、マヤ、インカ
  • 2.メソアメリカのインディオ
  • 3.インカを築いたインディオ
  • 4.農耕
  • 5.狩りと魚とり
  • 6.メソアメリカの都市
  • 7.ファミリーの生活
  • 8.家と家具
  • 9.食べ物と飲み物
  • 10.交易と貢ぎ物
  • 11.戦士
  • 12.宗教
  • 13.宇宙を支配する神々
  • 14.死後の世界
  • 15.人身御供
  • 16.病気と治療
  • 17.文字と計算
  • 18.織物と編み物
  • 19.衣類とアクセサリー
  • 20.土器
  • 21.羽毛細工
  • 22.貴金属
  • 22.宝石
  • 23.仮面
  • 24.楽器と舞踊
  • 25.スポーツとゲーム
  • 26.鳥と動物
  • 27.スペイン人の征服

1.アステカ、マヤ、インカ

1.アステカ、マヤ、インカ

16世紀、スペインの探検隊は、アメリカ大陸で2つの偉大な文明と出会った。

1つはメソアメリカ(アステカ族とマヤ族によって支配されていた)、もう1つ が中央アンデス(インカ帝国の支配下にあった)である。そこで、さまざまな部族と王国が割拠する土地で、洗練された芸術、壮観な都市、独自の風習をそなえ た文明が開化していた。
その独特の経済、政治、社会は、彼らの祖先が築いたものを代々受け継いで発展させたものだった。

3.インカを築いたインディオ

3.インカを築いたインディオ

南アメリカでインカ帝国が最盛期を迎えるまでに、たくさんの文化がアンデスで興亡し、その基礎を築いた。こうした文化の歴史を伝える文字の記録はなにも 残っておらす、遺跡、土器、埋葬品などから解明していくほかはない。
考古学的に、これらの時期はいくつかの時代に区分できる。最初に複雑な部族社会が登場 したのは紀元前1800年ころである。

15世紀半ばにインカ帝国が出現するまでに、政治、経済、社会が高度に発達したさまざまな文化が起こった。そこで専門技術を身に付けた職人がみごとな工芸品をつくり、多種多様な神々が崇拝された。

ペルーの沿岸ではナスカ、モチェ、チムーが、高地ではワリ、ティアワナコ といった国が文化国家を形成していた。インカ帝国はこうしたすべての文化を吸収して1438年に成立したが、1534年にスペインに征服され滅亡した。

20.土器

20.土器

美しい装飾のある土器は古代アンデスの文化的遺産であり、アメリがでも豪華で個性的な土器が盛んにつくられた。
どちらの地域にもロクロの技術はなかった が、絵付け、彫り物、型押しで模様を付けたさまざまな形の土器をつくった。

普段に使う土器は単純なものだったが、貴族が使うものや祭儀用の土器は凝った装飾が施されている。文字のなかったアンデスでは、出土した土器が当時の社会、文化を知る貴重な手掛かりとなっている。

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アステカ・マヤ・インカ文明事典

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2007年4月25日水曜日 初版発行

エリザベス・バケダーノ 日本語版監修 川成 洋

定価2,625円(税込)

978-7515-2336-0

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