「知」のビジュアル百科トップ > 教養と雑学の図鑑 > 海賊事典
![]()
紀元前から19世紀まで、世界をふるえあがらせてきた各地の海賊がここに集結!
その略奪の歴史と血塗られた文化をビジュアルで紹介します。
イギリス海事博物館所蔵の貴重な写真、多数掲載!
「知」のビジュアル百科トップ > 教養と雑学の図鑑 > 海賊事典
![]()
紀元前から19世紀まで、世界をふるえあがらせてきた各地の海賊がここに集結!
その略奪の歴史と血塗られた文化をビジュアルで紹介します。
イギリス海事博物館所蔵の貴重な写真、多数掲載!

スパニッシュ・メインで海賊が成功したのは、彼らが、知恵、操船、戦術の面で狙った相手より優っていたからである。では、海賊はどのようにして獲物を発見 したのだろうか?
航海術は幼稚だった。彼らは、知識と経験と運に頼って、スペインの財宝船の航路をたどらなければならなかった。緯度は、太陽の位置を測っ てきわめて正確に知ることができた。だが、経度を知るのは難しいことだった。航海で最も頼りにされたのは、コンパスを除けば、海図だった。
16世紀初め に、スペイン船は「新世界」沿岸のかなりの部分を調査し、詳細な海図を作成していた。これらの海図は、海賊にとって貴重な戦利品となった。海賊やパッカ ニーアたちは、手に入れた海図によって、アメリカ沿岸を攻略することができたのである。

海賊たちは、船倉に黄金がいっぱい詰まっていると期待して、荷を満載した船を狙った。
運がよければ、乗組員全員が想像もできないほどの財産を手にすることができた。
1693年、トマス・チューがインド洋で襲った船から、一味は1人当たり3,000ポンドの分け前を得て、全員が大金持ちになった。イギリス海軍の水平の給料が月に1ポンドだった時代のことである。
しかし、このような素晴らしい獲物はまれだった。多くの場合、一味の分け前はもっとささやかなものだったし、価値のないかさばる物ばかりを積んでいることもあった。

世界の海軍力によって海が安全になると、人々は海賊の蛮行を簡単に忘れ始めた。多くの作家が海賊を、盗賊から悪漢あるいは英雄へ変えた。
しかし、海賊はい つでもロマンチックに描かれたわけではない。たとえば、『アメリカのパッカニーア』という本は、残虐非道な海賊の実態を事細かに記している。
また、有名な 『宝島』では、海賊は恐るべき悪党として描かれている。 しかし、この古典冒険小説も、海賊の埋蔵財宝探しを中心に物語が展開する。捕虜を、船板の上を歩か せて海に突き落とす刑罰と同じく、埋蔵された財宝の話は読む者を興奮させるが、いずれもフィクションであることに変わりはない。
伝説の海賊たち
捕虜の唇をフライにした男
アメリカ大陸発見以前の地球儀
海の上では「肉」といえば「ウミガメ」だった
むち打ちの刑に使われた「九尾の猫」
国家から略奪の権利を与えられたプライベーティア
1595年、ジョン・デービスが発明した画期的な緯度測量器
ドクロの海賊旗が意味するもの
蒸気船の登場と海賊の滅亡
9世紀から18世紀まで隆盛を誇ったフランスのコルセアー
ギリシャ神話に登場する愚かな海賊
海賊を喜ばせた意外な戦利品
「海賊=悪者」とはかぎらない
プライベーティアにかわって登場したバッカニーア
勇猛果敢な北方の侵略者ヴァイキング