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「北方の蛮族」として恐れられたヴァイキング。
略奪をうけたキリスト教徒の側から見れば、たしかに
「蛮族」だったのだが……? 真のヴァイキングの姿と、
その独自の文化をあますところなく伝えるビジュアルブック。
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「北方の蛮族」として恐れられたヴァイキング。
略奪をうけたキリスト教徒の側から見れば、たしかに
「蛮族」だったのだが……? 真のヴァイキングの姿と、
その独自の文化をあますところなく伝えるビジュアルブック。

8世紀から11世紀の300年のあいだ、ヴァイキングは嵐のごとく世界を襲った。
土地、奴隷、金、銀を求めて、ヴァイキングの勇猛な戦士と探検者たちは、 故郷であるノルウェー、スウェーデン、デンマークから大海原に帆を揚げた。
ヴァイキングはヨーロッパ全域を急襲し、バグダッドやアメリカ大陸にまで足を伸ばした。
ヴァイキングが襲撃するそのスピードと大胆さは伝説となってひろまり、キリスト教の修道士らは、豊かな修道院や都市にくるったように襲いかかるヴァイキングを、恐ろしいものとして書き記している。
しかし、ヴァイキングは単に北からやってきた武骨な異邦人というより、抜け目のない商人であり、優秀 な航海者であり、腕の良い職人であり、船大工であったのだ。
ヴァイキングは、民話を語り継ぐ豊かな伝統をもっており、当時としては開放的で民主的な社会を 築き上げていたのである。

ヴァイキングは、海域と用途に応じて形と大きさの異なる船やボートをたくさんつくった。
しかし、段々に重ねた外板と、竜骨や均整のとれた船首と船尾の基本構造はどれも同じだった。
戦闘用に使われたのは細長くてスピードの出る船だけである。交易船は荷物を積むひろい場所を確保するためずんぐりした形をしてお り、船足は遅かった。
海峡や川を岸に沿って行くときには、小さなボートを利用した。釣り船もあったし、川やフィヨルドで乗客を運ぶフェリーや湖を往復する 小舟もあった。大型船にはオールでこぐ小型のボートも積まれていた。

広間の中央にある炉では、料理と暖房のために一日中火がたかれていた。
炉の上の屋根にあいた穴は、それほど役に立たなかったので、部屋の中はいつも煙が充 満していた。
裕福な世帯では、別の部屋に調理用の炉を設けた。これらの炉には熱く熱した石を入れた。日が落ちて暗くなると、農場や作業場での仕事を終え、 部屋に集まって夕食をとった。
裕福な家庭と貧しい家庭では、食事の内容も作法もかなりちがっていた。たとえば、ほとんどのヴァイキングは麦芽とホップでつ くったビールを飲んでいたが、貧しい家庭では木の器で飲み、裕福な家庭では金属の凝った縁飾りのついた角のグラスを使った。
また、ドイツから樽で輸入した ワインも飲んでいた。
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