写真が語る第一次世界大戦

写真が語る第一次世界大戦

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写真が語る第一次世界大戦

戦った兵の数6,500万人以上、その半数が戦死または負傷したという
第一次世界大戦とは、どんな戦争だったのか?
開戦から終結までを臨場感あふれる写真でたどる。

2005年4月15日金曜日 初版発行

サイモン・アダムズ 日本語版監修 猪口邦子

定価2,625円(税込)

978-7515-2316-3

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写真が語る第一次世界大戦 - 目次 -

  • 1.分断されたヨーロッパ
  • 2.運命の銃弾
  • 3.西部の戦い
  • 4.戦う男たち
  • 5.入隊
  • 6.塹壕を掘る
  • 7.塹壕での生活
  • 8.塹壕での戦い
  • 9.連絡と補給
  • 10.監視と偵察
  • 11.砲撃
  • 12.塹壕からの出撃
  • 13.死傷者
  • 14.戦時の女性たち
  • 15.空の戦い
  • 16.飛行船
  • 17.海上の戦い
  • 18.ガリポリ
  • 19.ペルダン
  • 20.毒ガス攻撃
  • 21.東部戦線
  • 22.砂漠の戦い
  • 22.スパイ活動
  • 23.戦車戦
  • 24.アメリカの参戦
  • 25.敵戦線の地下で
  • 26.最後の年
  • 27.停戦と講和
  • 28.戦争の代価

14.戦時の女性たち

14.戦時の女性たち

男性たちが戦争に出ていくと、女性たちがその後をまかされた。
すでに働いていた女性も多かったが、それまでは家庭内労働、保育、教育、農作業など限られた仕事だけだった。

それが戦争になると、女性たちは工場で働き、トラックや救急車を運転し、それまでは男性しかしなかった仕事を何でもこなすようになった。
多くの女性たちが、賃金も地位も低い仕事をやめて軍需品工場などでもっと賃金の高い仕事につき、社会的に新しい地位を勝ち取った。

しかし、このような社会進出は長続きせず戦争が終わるとほとんどの女性は家庭にもどった。

21.東部戦線

21.東部戦線

第一次世界大戦といえば、西部戦線の塹壕戦を思いうかべる人も多いだろう。
しかしヨーロッパの反対側では、ドイツおよびオーストリア・ハンガリーと、ロシアとの間で、まったく異なる戦争が行われた。

この戦いははるかに流動的で、大部隊が何百キロにもわたって、前進や後退をくり返した。
オーストリア・ハンガリー軍とロシア軍はどちらも指揮が悪く、装備もひどかったため、両軍とも多大な損害を出した。
1915年だけでも、ロシア軍は200万の兵士を失い、そのうち100万人は捕虜となった。

ドイツ軍はヒンデンブルク将軍のたくみな指揮の下に、はるかに効果的に戦った。
一部ではロシア軍も戦果をあげたものの、 1916年の終わりまでに、ドイツ軍が東部戦線全体を完全に支配していた。
ロシア軍はすっかり士気を失い、これも翌1917年のロシア革命の一因となった。

ひとめで!

当時のヨーロッパ勢力分布図
お国柄があらわれたさまざまな軍服
英軍兵士の基本装備
1916年7月、ソンムの戦いのようす
ぬかるみ地獄、パシャンテールの戦い

わかる

開戦のきっかけとなる銃弾を放った人物とは?
ドイツ軍がりっぱな塹壕をつくったのはなぜか?
陸、海、空、それぞれの戦い方
その数50万羽以上!伝書バトの活用法

その知られざる世界

恐怖と退屈が背中あわせ…塹壕での生活
645kmにもわたる塹壕網
1914年のクリスマス休戦
ドイツの「見えないインク」
毒ガスで縮んだ手袋

写真が語る第一次世界大戦

写真が語る第一次世界大戦

2005年4月15日金曜日 初版発行

サイモン・アダムズ 日本語版監修 猪口邦子

定価2,625円(税込)

978-7515-2316-3

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